利休をたずねよ。

今年のことは、今年のうちに書かないといけませんね。
タイトルで???と思われたかしら。
映画のタイトルではないのです。映画については史実と違う点の指摘がありますね。
それはそれで置いておいて、大阪は堺に行ってきました。

利休の屋敷跡、利休のお墓がある南宗寺などを巡ってきました。
「利休をたずねよ」ツアーというのもよいかも。

まずは、腹ごしらえ。
「ちく満」で、温かい蕎麦を生卵と汁と薬味で頂きました。
生卵と汁を混ぜると、すき焼きのたれのようにも思えてきました。
温かく、もちっとした蕎麦を付けて頂きます。
好き嫌いがはっきり分かれるといわれるこのお蕎麦、1斤半をペロリ。

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大阪府堺市堺区宿院町西1-1-16
072-232-0093
10:30~21:00
月曜日(祝日の場合営業、翌日休)

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利休屋敷跡

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まわりは高い建物で、道挟んだ向かいも建設中でした。
この屋敷跡も売られそうになったとか。

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南宗寺へ。拝観料400円。
ボランティアのガイドさんがいます。

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利休ゆかりの茶室「実相庵」

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紹鴎遺愛「六地蔵の燈ろう」

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利休遺愛の「向泉寺伝来袈裟形手水鉢」

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千家一門の墓
毎年2月27日の利休忌には全国からの一門の人々で賑わいがみられます。

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武野紹鴎の墓
茶釜を模った墓石

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枯山水の庭にて。
水琴窟の音色を聞き忘れました~。

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色々な歴史が渦巻いているようです。

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徳川家康は、駿府城にて天ぷらを食べて食あたりで亡くなられたと、疑いもしませんでした。
大阪夏の陣で討ち死伝説が!
「南宗寺史」によると、家康が大阪夏の陣で茶臼山の激戦に敗れ籠で逃げる途中、後藤又兵衛の槍に突かれ、堺まで落ち延びたが、籠を開けてみると既に事切れており、遺骸を南宗寺の開山堂下に隠し、後に埋葬した、との伝説が紹介されています。

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仏殿の天井「八方睨みの龍」狩野信政筆
これは素晴らしかったです。
国指定重要文化財が、堺にあったのですね。

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「かん袋」の胡桃餅で、ホッと一息。
平日の午後なのに、お客様が絶えません。
この季節でも、氷胡桃餅を食べている方もいらっしゃいました。

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もう一軒、肉桂餅が絶品の「八百源」。
芥子餅と一緒にお土産に。
利休にちなんだお菓子もありますが、今回はこの二軒のみ。

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貿易都市・商業都市として栄えた堺は、日本第一の文化・先進都市を誇り、なんでも堺がはじまりだというのが堺の人たちは自慢でした。
技術・文化の発信地であった中世の堺で生まれた多くのものが、堺の職人・商人が全国各地に活動の場を広げるとことに伴い全国に広がっていきました。 伝承も含めて堺が発祥の地として、「ものの始まりなんでも堺」といわれています。
私鉄、三味線、傘、金魚、線香、自転車、謡曲、堺更紗、堺段通、機械縫製足袋(福助の創業者)などなど、まだ沢山あって書ききれません。

利休をたずねて、大阪堺の旅おすすめします。




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Date: 2013.12.30
Category: お出かけ
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